クラシックなスーツスタイルで肌の露出が許されるのは、首から上と手だけだ。

スーツのクラシックスタイル

これは歴史的法則である。肌の露出が許されるのは顔と手だけである。

衣服の本質はどこまでもやはり包むことにある。包むものとして裁断されているにせよいないにせよ、衣服は人のサイズに合わされており、ある形を受け入れてはいる。
うされており、ある形を受け入れてはいる。*一E・ルモワーヌ=ルッチオーニ

ソックスは、クラシックなスーツスタイルには絶対に避けるべき類の靴下である。いつどんなとき腔が露出するか分からないからだ。男の体は、本来必要な部分だけを残して、衣服にラッピングペーパーのようにていねいに美しく包装されているべきである。それがクラシックスタイルなのだ。

靴と靴下は常に持ちつ持たれつの関係にある

以上のような靴下の推移から、我々が把握できることは次の2つの事実である。

第一に、靴下はいついかなるときでも、人の素肌を隠し続けてきたこと。
第二に、靴下は常に靴と相関関係を保ってきたこと。

我々は、この2つの事実から、クラシックな正しい靴下の本質を見抜かなければならない。人の素肌を隠し続けてきたという事実は、男が正しく装うときは、いささかでも、決して下半身を他人の目にさらしてはならないという。ことを意味する。

乗り物の中で、靴下とズボンのあいだの、つるつるの歴および密生した醜い歴毛を露出している人はいちぢるしく品性に欠ける。イタリアでは女性たちに露骨に嫌な顔をされる。「ハリウッドの役者の中で、クラシックなスリーピースを身につけ、脛毛を平気で露出していたのは、「評決のとき」のポール・ニューマンである。加えて彼は、丈の短いベストの下からシャツも覗かせていた。バランスの悪い着こなしの典型だ。ズボンの股上が浅いか、ベストが短いかどちらかである。

エレガントな装いは、無駄なモノを他人の目にさらしてはならない。エレガントの対極にあり、もっとも無駄なものは脛毛である。

同様の理由で、薄い素材のホーズの下から肌が透けて見えてはならない。「男の衣服の役割は、ごつごつとした男の体を上から下までひっそりと隈なく包むことにある。「ズボンの下からの歴毛は、それがまばらでも密生していても、股がズボンの下から覗くより下品である。脛毛は、本来ホーズにひっそりと包装されるべきものだ。靴下の余分の長さは、そのために存在するのである。

第二の靴と靴下の相関関係を、少しばかり深く考えることは重要である。
なぜなら靴下は靴の下着ではなく、両者はいつの時代でも主役と脇役の関係にあったからだ。この歴史的で親密な関係を理解しなければ、靴下の役割が曖昧になる。

靴だけが主役だったという意味ではない。時代によっては靴下が主役であり、また時代によっては靴が主役だった。

相関関係とは、持ちつ持たれつの関係である。決して競合せずに、片方が片方を引き立てるバランスのよい係わり方である。時代ごとに、化が靴下を引き立て、靴下が靴を引き立て、男の足元を引き締めてきたのである。

現代と同様、中世のヨーロッパでも流行がしつこく繰り返され、マント(上衣)の長さもその1つだった。流行によるマント丈の上下は、肌を隠すために、ホーズの長さにも当然影響を及ぼす。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です